2012年03月20日

桃太郎

IMG_0002.jpg

写真を間違えました。

ついでに・・・この写真は、かなり前に陝西省は法門寺で映したものです。

このとき、法門寺で出土したかの有名な唐時代の茶器を使って当時のままの呈茶風景が再現されたのです。

貴重な経験でした。それよりも皆さんおきれい・・




F1000193.jpg

こちらが今日の写真。

岡山で頂いた紅茶「桃太郎」

日本は紅茶の国になったみたいですね。

大いに結構なことです。

完全に、海外の紅茶にとって代わりますね。

いまでは、モーニングティーもアフタヌーンティーも和製紅茶です。新鮮で云うことなし!


うかうかしてると「緑茶」の居場所がなくなりそうです。タイヘン!



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2010年08月02日

自分のこと

これは8年前、ある新聞のコラムに書いていたものです。その最終回。

「自分のこと」

私は昔から気が小さくて、いつも人の目が気になる性格でした。

失敗をおそれ、物を云うにしても、こう云ったらどう思われるだろうか、笑われたらどうしよう、などといつも考えていました。

だから、ほとんど人と会話ができず、黙っていました。

昔は「沈黙は金なり」と云う格言が生きていたので、寡黙はそれなりに評価されました。

しかし、世の中が変わって、引っ込み思案な性格は損ばかりするようになりました。

そんな時、ある本でよい文に出会いました。「ひとは皆、満員の円形競技場の真ん中で演技をしているように思いがちだが、あなた以外、誰もあなたのことなど気に掛けている人はいない」と。

それ以来、よくこの文を思いだし、あまり人の目を気にしなくなりました。

確かに、逆の立場に立った時、私たちは他人の失敗などいつまでも覚えているものではありません。

「ひとのうわさも七十五日」と言います。最近はもっと短期間に忘れ去られるようになりました。

話の場合は、録音でもされない限り、その日のうちに忘れられてしまいます。しかし、物に書いた場合はそうはいきません。

そう思うと、多くの人が目にする新聞には怖くてとても文章など書くことはできません。

そこで「こんな文など読む物好きな人はいないはずだ」と思いながら書くことにしています。

時々、他の新聞などにも書きますが、予想通りほとんど反応はありません。

しかし、今回、この欄を書くようになって、時々「読んでるよ」と声をかけられることがあり、驚いています。

すっかりあてが外れてしまいました。
早く七十五日たつことを祈りながら筆を置きます。


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2010年07月01日

ねぎとお茶とイチロー

2002年1月には、こんなことを書いていました。ある新聞に書いたコラムです。題して「ねぎとお茶とイチロー」

最近、中国からたくさんの安い品物が輸入され、日本の産業を脅かしています。

とくに、農産物に対する影響が深刻で、政府はネギ、生シイタケ、畳表の三品目に対して緊急に輸入を制限する措置を取りました。

スーパーに並んでいるネギの値段を見ると中国産は日本産の半値で売られています。外観や味は日本産と大して変わらないので消費者は当然安いほうを買います。

中国側の努力もさることながら、日本から進出した企業の指導、援助によるところが大きいようです。

昨年は、お茶屋さんやお茶農家にとって大変厳しい年でした。その原因の一つに中国産の安いお茶の大量輸入があげられました。

本来、中国では日本式の蒸製の緑茶を飲む習慣はありません。したがって、これらのお茶は、日本人の指導により、日本から導入した製茶機械を使って作られたものなのです。

このように上げてくると、海外で事業展開している日本人が悪者扱いされかねません。

昨年、日本中の人々に明るい話題を提供してくれた一人が、アメリカの大リーグで活躍しているイチロー選手です。

おかげで多くの人達がテレビを通して本場の野球を堪能しました。その結果、日本のプロ野球の貧弱さが目に付き、プロ野球離れが進みました。

でも、イチロー選手を非難する人はいませんでした。

最近、急速に地球が小さくなって来ていることを実感します。

輸入品が日本の市場を脅かしたり、あるいは、一部の外国人が犯罪に関わっているからと言って、いまさら海外との物や人の交流を止めることはできません。

日本人自身が強くなって、それぞれの競争に打ち勝つ努力をしなければならない時代になったのです。


・・・(なんだか偉そうなことを言ってますね・・・汗)


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2010年06月01日

思い出の曲

今日は1日。お茶コラムの日です。2002年5月、ある新聞のコラムに書いたものです。題して、「思い出の曲」

何年か前、あるスーパーの魚売り場で「お魚の歌」を聞きました。

面白い歌だと思ったのですが。帰りの道すがら「さかな、さかな、さかな…」と口ずさんでいる自分にびっくりしました。

一度聞いただけで忘れられない曲があるものです。この曲が全国的に流行しているのを見ると、だれでも共通に感じるなにか特別なメロディーがあるのでしょう。

遠い昔、ラジオから流れていた[ドリーゴのセレナーデ」。今も聞くたびに、終戦直後の飛び立つような明るい夏の朝を思い出します。

何という曲なのか最近まで知らなかったのですが、年配の方は「リンゴの歌」より印象に残っているのではないでしょうか。

特別な場面に結び付いて忘れられない曲もあります。

楽しかったことを思い出す曲も勿論ありますが、悲しさと結び付いた曲のほうが忘れがたいようです。

学生時代、若くして逝った友人の葬儀の際にかけられていた彼の好きだったベートーベンの「田園」。

札幌の病院で亡くなった末弟の病室で流れていた大江光のフルート曲・・・。

この二月に亡くなった義妹の葬儀場で、かすかに流れていたシュトラウスの「ウイーンの森の物語」。葬儀の場には不釣り合いではないかと弟に聞いてみると、「退院したら聞くから」と故人に頼まれて録音してあった小沢征爾のニューイヤーコンサートでの演奏曲でした。

NHKのスポーツ放送のテーマ曲、旺文社のラジオ講座で使われた「大学祝典序曲」等は何度も聞いたので懐かしいのかもしれません。

最近よく耳にするのはどうしてもテレビのコマーシャルになります。今印象にあるのは、「JT」と「うぶ茶」の曲ですが、あなたはいかがでしょうか。



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2010年05月01日

雲はなぜ落ちないか

2002年4月のコラム転載。
題して、「雲はなぜ落ちないか」

1901年にノーベル賞が開設されてから、ちょうど100年たちました。

これを記念して、先日、京都で100周年記念国際フォーラムが開かれ、科学関係のノーベル賞を受賞された三人の先生のお話を聞く機会がありました。

フォーラムの主題は、[創造性とは何か]というものでした。

ノーベル生理・医学賞を受賞した利根川進教授が、今まさにオートバイで乗りつけたかのような革ジャン姿で登壇したのには驚きました。

スーツにネクタイという画一性こそ反創造的なのかもしれません。

先生は現在、アメリカで30人の研究者を指揮して研究活動を行っているバリバリの現役で、その博識と迫力に圧倒されると同時に久しぶりに同じ日本人であることに誇りを感じました。

一昨年ノーベル化学賞を受けられた白川英樹先生は、高校の頃、物理の時間に、雲はなぜ落ちずに空に浮いているのか、と質問したら、先生がまともに取り合ってくれなかったので物理が嫌いになったとか。

学校教育の中で好奇心を失わせないようにするのは極めて困難だということを話されました。

江崎玲於奈博士は「創造」のための五つの必要条件について話されました。

@しがらみや行きがかりにとらわれるな

Aオーソリティにのめりこむな(大先生がああ言ってる、こう言ってるというのはやめよう)

B無用な情報を取り込むな(情報に振り回されるな、情報を選択する訓練をしよう)

C闘うことを避けるな(とくに先生が強調したことです)

D初々しい感性を失うな。

さらに、日本人は変化に対して抵抗するが、これはよくない。変化を積極的に利用すべきだというお話もありました。

脳みそが十年若返る一日でした。



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2010年04月02日

中国の若者

すぐ一カ月経ってしまいます。今月の雑文の掲載日は昨日でした。2001年9月にある新聞に書いたものです。題は「中国の若者」。

 6月、お茶の会議で中国に行きました。帰途、南京から汽車に乗りました。運よく同じ会に出席し、上海まで帰るという旧知の先生と一緒になりました。言葉は全く通じませんが、なにかと世話を焼いてくれ、席も取ってくれました。6人掛けの席にはすでに二人の若い男女が座っていました。男性は、日本のどこにでもいる若者と全く同じで、髪を茶色に染めイヤホンでCDを聞いていました。坐るとすぐに、連れの先生が青年に、私が日本人だと言いました。すると、青年は持っていたビニール袋から歌の本を取り出し、これはみんな日本の歌だと言って、ヒデとかヨシキとかの名前をあげ、小声で一節を日本語で歌ってくれました。とにかく、日本の歌が大好きで、持っていたCDは海賊版ながら全て日本の歌とのこと。彼は、上海の外国語学校の生徒で英語を専攻しており、懸命に英語で話しかけてきたのです。しかし、お互いの英語力で話が通じるのはサッカーの話ぐらいまで。そのうち、話し好きの連れの先生が熱心に話し始めました。青年は嫌な顔ひとつせず、相槌を打ちながら時折自分からも口をはさんだりしています。しばらくすると最初は少し距離を置いていたもう一人の女性も加わり、時折笑い声をあげながら、まるで旧知の間柄のように話がはずんでいるのです。これが日本だったらどうでしょうか。汽車の中で見知らぬ六十代のおじさんと二十代の若者が楽しそうに話をしている光景をみるのは久しぶりのことです。昔は日本でもごく日常的な情景でしたが・・・。
上海で、二人の若者は出口まで我々の荷物をもってくれました。そして、別れ際に青年は買ったばかりと思われる一冊の本を取り出し、「旅の安全を祈る」と書いて差し出したのです。
 それは、ダンテの「神曲」でした。


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2010年02月03日

ある晩餐会

9年前ある新聞に載せた雑文です。毎月1日に載せるはづが、すぐ忘れてしまいます。今月は
 
 「ある晩餐会」(2001年11月16日付け)

 先月、高円宮ご夫妻を博物館にお迎えし、御案内役を務めさせていただきました。殿下、妃殿下とも大変気さくなお人柄で、冗談もおっしゃり、思わずこちらが大声で笑ってしまうこともありました。
 夜の夕食会にも同席させていただきましたが、殿下の豊富な知識と先入観にとらわれないお話に加え、石川知事の軽妙な合いの手が入り、つい時間のたつのも忘れてしまいました。いささか酩酊し、何が話されたのかよく思い出せませんが、記憶の糸をたどって二つほど。
 殿下は日本各地にいらっしゃるので、土地土地の食べ物にはめっぽうお詳しい。ひとしきり各地の食べ物の話が出たところで、殿下がひとこと。「最近はいろんな食べ物が年中あるけど、旬(しゅん)にだけないですね」と。そういえばトマトやキュウリの旬はいつだったでしょう。
 ちょうどその数日前、有機栽培茶のシンポジウムがあり、篠原孝先生
が「旬産旬消(旬に作って、旬に食べる。不必要なものは作らない)」「地産地消(そこでとれたものをそこで食べる。余計な運搬はしない)」という有益なお話を聞いたばかりだったので、よけい印象に残りました。本当に日本人の食生活を考え直さなければなりませんね。
 食事にお酒はつきものです。殿下はお酒に強いとお見受けしましたが、さっそく、どれくらいお飲みになりますか、という質問が出された。お答いわく、「それはよく聞かれる質問です。しかし、どれくらい飲めるかより、何時間飲めるかのほうが重要だと思います」とのこと。 ほんとうに、お酒は楽しく語らいながら時間をかけて飲むものです。お酒の好きな諸兄いかがでしょうか。
 秋の夜長の楽しい晩餐会でした。

 (残念なことに、高円宮さまは翌年、若くしてお亡くなりになられました。)


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2010年01月01日

七十年ぶりの再会

8年前、ある新聞に書いた雑文です。

「七十年ぶりの再会」

先日、東京駅から「のぞみ」に乗りました。私の席の隣にはすでに男の人が座っていて、私が座るとすぐに切符を見せて、自分の席はここでよいかと聞いてきました。

今朝早く岩手の盛岡を発って大阪に行く途中であること、旅慣れていないので不安であることなど、ポツリポツリではあるけど、屈託なく自分のことを話し始めました。

むかし、夜汽車の旅では、よく隣り合わせた者同士が打ち解けて、かなり個人的な話などもしたものでした。窓外に矢のように流れる景色とモダンな車内の雰囲気から隔絶した、なにか懐かしい気分になりました。

正直なところ最初は少し煩わしいと思ったのですが、聞くうちにまるで志賀直哉の短編小説のような話に、思わず引き込まれてしまいました。

その人は、がっしりした体つきなので私と同年輩かと思ったら、七十七歳とのこと。

大阪へは、小学校一年の時の担任の先生になんと七十年ぶりに会いに行くのだという。

その先生は、今年九十二歳。若くてきれいな先生だったそうで、結婚後満州に渡り、以来全く消息不明だったそうです。

それが、いろんな偶然から大阪でお元気で暮らしていること、毎年満州時代の教え子が同窓会を開いていることなどがわかり、今回、その同窓会に参加させてもらうことになったのだそうです。

みんなの憧れの先生だったらしく、ある雪の日に、先生の帰りを岩陰で待ち伏せして、偶然会ったふりをして先生の下宿先まで一緒に行った時の話など、少しはにかみながら聞かせてくれました。

九十二歳の先生と七十七歳の教え子、そこにはどんな会話が交わされるのでしょうか。

無事に先生と会って、無事に岩手まで帰りつくことを祈りました。

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2009年12月03日

こどもの顔

8年前に書いていたコラムの再録です。毎月1日に掲載予定。

下の娘が幼稚園のころ家族で食事に行った時のことです。娘が頼んだお子様ランチにはメロンが付いていました。娘はメロンが大好きだったので最後のお楽しみに取っておいたのですが、いざ食べようとしたとき手が滑って床に落としてしまったのです。バツの悪そうな、悲しそうな、困ったような、どうしようといった顔をしました。でも、思わず私は云ってしまいました。「なにやってんだ!」
上の息子が幼稚園のころ、二人で田舎に帰りました。田舎の駅で汽車を待っていたときのことです。廃線になったホームの端に車止めのコンクリート壁が残っていました。息子はそれに飛び移って遊んでいましたが、バランスを崩して落ちそうになり、あわてて傍らの木をつかみました。それは大きなバラの木でした。あっという間に手のひらから血が噴き出してきました。顔をゆがめながら、バツの悪そうな、悲しそうな、困ったような、どうしようという顔をしました。でも、思わず私は云ってしまいました。「なにやってんだ!」と。
いまでも、よその子供がお子様ランチを食べているのを見たり、田舎の駅で今でも残っているあのコンクリート壁を見るたびに、あのときの子どもの顔を思い出します。そして、悔恨と悲しさで胸がいっぱいになります。
新聞などに、親によるわが子虐待の記事が出ます。その時の子どもの顔を想像するといたたまれなくなります。他人からいじめられているときとは、きっと違った顔をするのではないでしょうか。
すがるような、悲しそうな。

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2009年10月01日

あたりまえの出来事

8年前、有る新聞のコラムに書いた再録です。

昨年、九州の田舎を旅した時のことです。ある発着所からバスに乗りました。乗客は6、7人いて、運転手の来るのをのんびりまっていました。
そこへ杖にすがった一人の老婆が乗り込んできました。すぐに入り口近くの人が手を貸します。
席に座るや、通路を隔てた席から声がかけられました。
「どこにいったんかえ(どこに行ったのですか?)」
「ちょっとお医者に」
「どこが悪いんかえ(どこが悪いのですか?)」
近所の顔見知りかと思って聞いていましたが、どうも初対面同士のようです。そして、まわりの人も加わってひとしきり病気談義が続きます。
一番後ろの席に、少しお酒の入ったやくざらしき中年の男が座っていました。そして、前の席の高校生に、「学校は面白いか」「彼女はいるのか」などと話しかけていました。高校生は別段嫌がる風もなく、半分真面目に相手をしていました。
そのうち、少し図に乗った男は、ポケットから何やらいかがわしい写真を取り出し、「これはおれの女だ」などと言いながら高校生に見せ始めたのです。
すると、それまでひっそりと男の隣に座っていた六十がらみの小柄なおばさんが、いきなり「そげんもんを、わかいもんにみするんじゃない(そんなものを若い者に見せてはダメだ)」と口調鋭く、男をたしなめたのです。
男は少しブツブツ言いながらその写真をしまって、おとなしくなりました。
バスの中は別段雰囲気が変わるわけでもなく、みんなごく当たり前のことと受け取っている様子です。
誰かが大きなあくびをしました。
やっと運転手が楊枝をくわえながら乗り込んできました。
穏やかな秋の昼下がりでした。

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2006年09月02日

茶業危機への対応

これから不定期で、私が連載している新聞や雑誌の過去の記事をコラムとして紹介したいと思います。第1回目の今回は、先日の静岡新聞に掲載された『茶業危機への対応』という記事です。それではどうぞ…


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ラベル:茶業 お茶 急須 静岡
posted by kodomari at 15:59| Comment(0) | TrackBack(0) | お茶コラム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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